食と獣(2)

 獣人と食欲の関係は、なにも登場人物との関係性のみにおいて語られるというわけではない。
 食欲の対象が人間でなくとも、獣人の野性をしめすには好都合だ。「鬼外カルテ外伝 雨も雪もきっと」では、鶏を襲う獣人の少年が描かれる。獣人が内なる野性を押さえきれず、「人間」の枠外へと出て行ってしまえば、それはもはや獣人ではなくなる。「鬼外カルテ外伝」でも、ルールを破った獣人は、殺されて物語から脱落する。
 飢えた荒々しい野生の獣のイメージを借用し、人間を襲い食らうというモンスターとしての獣人を描く場合もある。これは、主人公側のキャラクターにはあまり見られないところではあるが。


 獣人もの少女まんがの金字塔ともいえる「闇のパープル・アイ」では、「血のしたたるレア・ステーキ」が獣性の象徴として用いられる。食の嗜好が、獣のそれに、人間ではないものに変わっていく、という得体の知れない恐怖は、獣人物語の格好のスパイスとなる。
 アメリカ映画「ハウリング」のラストシーンでは、ハンバーグの焼き加減を「レア」と注文することで、獣性を暗示する手法をとっている。「パープル・アイ」にせよ「ハウリング」にせよ、これらは、獣は生肉を好む、という社会通念を用いている点で共通している(もっとも、「ハウリング」のラストシーンの肉はどうもレアには見えない。)。


 より簡易な手法として、変身型の獣人において、変身にはエネルギーが必要だという考えから、食欲が増進する、お腹が空くといったエピソードを語る場合もある。「ドロねこ9」では、(獣人の)少年を相手に挑発し、危うく事故を引き起こしかけた獣人の男が、(多分に挑発したことのお詫びの意味も込めて)変化すると腹が減るから食え、というメッセージとともにハンバーガーを置いていくエピソードがみられる。
 また、イヌ出身の獣人の物語では、イヌの食事(ドッグフードなど)を食べるということで、獣の属性をアピールする例がみられる。一方、ネコの場合、マタタビという例外を除くと、あまり食欲との関連が強調されないように思う。きっとネコ人間の物語は、ミステリアスな他の属性で語り尽くされてしまうのであろう。


 食べることが、変身型の獣人の変身と密接な関わりを持つ場合もある。「ミミツキ」では、牙氏や耳氏と呼ばれる獣人たちは、鬼門食と称する苦手な食べ物を食べると、獣化してしまう。


 たぶん、獣人の物語において、食が語られることが少なくないのは、動物にとって食べることは生命維持のために欠かせない根源の要素であり、獣人という、ある種プリミティヴな属性を期待されるキャラクターにとって、親和的だからなのであろう。