つきもの、つけもの、つけけもの・終

 さて、しばらく前まで、「つきもの」と「つけもの」について論じてまいりました。
 ここで焦点となりますのは、つきもの、つけものの接点としての「けもの」であります。


 獣の一部を身につけることで、その呪力を得る。毛皮を被って変化するという、スラヴ民族あたりの人狼譚はその最たるものですが、北欧の熊の毛皮を被った戦士ベルセルク、アステカのテスカポリトカ神に仕えるジャガーの戦士オセロトルなども、獣の呪力をヒトに移し替えるものでしょう。
 呪力を持つのは毛皮のみにあらず、獣の爪や牙を「お守り」にすることもあるでしょう。
 獣の力を得たい、という思いは、一部の医学…例えば漢方などにも見受けられました。(虎の骨など。なお、レッドリストの野生動物を殺して薬にするなんて、言語道断の行為ですので念のため。)


 時代は下がって近現代に至りますと、毛皮は「おしゃれ」として身につけるものとなりました(なお、レッドリストの野生動物を以下略。)。しかし、これにも、野生動物の優美さにあやかりたい、という願いがこもっているように思われます。獣は、力強さだけでなく、美しさの象徴ともなりうるのです。カルティエを挙げるまでもなく。
 毛皮ではなく、「ヒョウ柄」アイテムなどが幅を利かせるというのも、同じ原理が働いていると思われます。
 つまり、毛皮などの「獣な」アイテムを身につけることで、獣の強さ、美しさといった属性を借りる…というシンプルな思想が、現代に至るまでも、生き続けていると思われるのです。これが、本稿でいう「つけけもの」であります。


 けものなパーツが魅力を有することの一つの証左として、わが国サブカルチャーにおける「みみしっぽ」キャラの隆盛が挙げられます。実際に、つけみみやつけしっぽを着けている強者には、なかなかお目にかかりませんが。(ちなみに最近は脳波で動くしっぽも開発されたらしい。ぜひほしい。)


 獣のもつ力、あるいは美しさ、そうしたものをこの身にまとうための「つけけもの」。現代においては、なかなか毛皮、とかいうわけにはまいりませんが、これからはだんだんフェイクファーの季節にもなってきます。毛皮でなくとも、ヒョウ柄でも、ちょっとした獣グッズでもいいのです。牙をかたどったペンダントとか。そして、けものに触れていることで、けものになるのです。さあ、「つけけもの」で、けものの力をみんなで手に入れていこうではありませんか。


 以上、「乱と灰色の世界」の陣さまに触発されて思ったよしなしことでありました。